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古渡更紗展 (3/1〜5/30)
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「さらさ」という言葉が最初に使われた記録としては、慶長19年(1614)徳川家康が亡くなる二年前に、唐津・寺沢氏の家来から当時のイギリスの商館主任リチャルド・コックス氏に宛てた日本文で書かれた請取書にあり、「さらさ但壱たんに付十匁づつ廿たん」と価格まで書いてあります。これはロンドンの大英博物館の日本古文書の中にあります。 「さらさ」は唐染・暹羅染・佐羅佐染と三種に分けられていたようですが、更紗・皿紗・紗羅紗・紗室染・印華布・唐華布・佐羅紗・花布などの当て字が用いられてきました。
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竹屋町展 (6/1〜8/30)
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竹屋町とは、紗地に平金糸と色糸で、文様を縫いで表したものを言います。 竹屋町は京都の中心部を横断する通り名なのですが、茶人大名であった 古田織部が、中国から職人を招いて竹屋町で仕事させたことから、最初は技法も特殊なことでもあり、竹屋町縫と言われたのです。 その後、竹屋町と言えばこの技法によった紗地の裂を呼ぶ名称になりました。 上の軸は江戸時代の物ですが、一枚の最初からそのために織られた紗地を染め分け、一文字風袋・中廻・上下それぞれを竹屋町で縫い表したものです。 裏打ちをしないで透けたままのものも残っています。
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名物裂展 (9/1〜11/29) |
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名物裂とは、名物茶入の仕覆や名物茶器の袋や表装裂として、特別に珍重され名のある裂として伝承されてきた裂類のことなのです。 その殆どが中国で製作された「金襴(きんらん)」「純子(どんす)」「間道(かんどう)」といった裂が 中心となっています。 その他にも、黄純・有栖川錦・蜀江錦・綴錦・蝦夷錦・羅金・金紗・竹屋町・占城・鹿比丹・唐桟・印金・莫臥児・天鵞絨・金華山・海気・御朱印裂・風通・更紗 等、ヨーロッパ・インド・東南アジア・朝鮮から舶載のものもあります。「名物裂」には大燈金襴・珠光純子・吉野間道のように、人名を冠した名称の裂、生産地・所在地の名を冠したもの、文様からの冠称、名物茶入の名を冠したもの、伝承によるもの等があります。
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誰ヶ袖屏風展 (12/1〜2/27) |
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近世風俗画の一画題として「誰ヶ袖屏風」と 呼ばれてきた衣桁に衣装を畳んで数点かけられた様子の描かれた構図のものが遺されてきました。 それをヒントとして実物の小袖(江戸時代の着物の原形・桃山時代から江戸後期までのもの)の半身を工夫して、あたかも衣装をそのまま衣桁にかけているかのように押し絵貼りにした「誰ヶ袖屏風」「小袖屏風」と呼ばれる100隻(2曲1隻にあまる屏風があります。 その一連のものを数点と製作の資料を展示します。 その他に能衣装(唐織・厚板等)舶載の裂等を展示します。
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